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ひだまり

第二の人生を歩き始めようとしている町のピアノ教師の日々を綴っていこうと思います。家庭のこと、ピアノ教室のこと、信仰のこと、そしてこれから始めようとしている第2の仕事のことなどの奮闘記です。
月別アーカイブ  【 2010年01月 】 

礼拝

先週の水曜日、ふじみ野キリスト教会の教会員である石田姉が天に召されました。

今日の礼拝は、石田姉を偲ぶ礼拝でもありました。

牧師のメッセージでは、石田姉がどのようにしてイエスさまを信じるようになったのかを話して下さいました。

とても感動的な話だったので、石田姉のお話は改めてブログに載せたいと思っています。

さて、今日の牧師のメッセージは

sikisi

ヨハネの福音書4:43~45 『ガリラヤ』

 

イエスさまは、サマリヤに2日間滞在された後、ガリラヤへ行かれた。

イエスさまはガリラヤのナザレ出身だが、そこには行かれなかった。

ナザレの人たちはイエスさまを歓迎しなかった。

それはなぜかというと、彼らにとってイエスさまは、あくまでも幼少時代から“ヨシュア”と呼んでかわいがっていた大工のヨハネの息子であり、存在的にあまりにも大きな変化を遂げているイエスさまを理解することが出来なかったのである。

イエスさまもそのことがわかっていた。

ガリラヤでもナザレ以外の人たちはイエスさまを歓迎した。

彼らはエルサレムの過越の祭りに行っていたので、そこでイエスさまのなさったすべてのことを見ていたからである。

ガリラヤの“メギドの山”は重要な戦略地だった。アッシリア、バビロン、エジプト、ローマの国々が攻めてきた。

そのため人種的にも入れ混ざっていて言葉もなまっていた。純粋なユダヤ人はガリラヤを‘異邦人の地’と呼んだ。

神さまは、こうしてサマリヤ人に引き続き、ガリラヤの人々の心をも備えたのである。

 

 


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【 2010/01/31 】 信仰 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

ppart

Author:ppart
自宅で「ピアニッシモ」ピアノ教室を開いています。
音大生時代からピアノ指導に携わり、はや36年が経ちました。
その間には、いろいろなことがありました。
洗礼を受けクリスチャンになりました。
その後結婚をして2児の母となりました。
その子どもたちも、これから自分の足で歩むことを考える年となり、私も第二の人生を歩み始めました。

私の人生そのものの信仰とピアノを活かし、そして56年間生きてきた経験を活かして、私だからできることはないかと、立ち上げたのが
“pianissimo art”(ピアニッシモアート)、
略して“PPあーと”(ピーピーアート)

   

私、妹そして弟の兄弟3人で立ち上げた会社です。
それぞれの得意分野を生かしていきます。
誠心誠意の仕事で、皆様のお役に立てたらうれしいです。


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